絶望という言葉の、美化された感じが嫌い | g9e8mk | sa.yona.la ヘルプ | タグ一覧 | アカウント登録 | ログイン

絶望という言葉の、美化された感じが嫌い

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まあ、そういうこと。



たとえば、他人が頑張っていて、自分は自堕落な生活を送っていて、

そんな自分の自堕落な生活が嫌になったその理由というか感情が、その他人への劣等感だったりした時の事。


結局そんな時ですら他人と自分を比べたいのか、と思うと、死にたいという感情すら湧いてこない。

何故ならその「死にたい」って感情も、劣等感によるものだから。


つまり、

それ以上自分を嘆くのも、

自分を否定するのも、

あるいはそこから一念発起して立ち直るのも、

全て「劣等感」がその動機であり、

どの選択肢もあまりに下衆すぎて、


じゃあそんな下衆な自分をどうにかしようと思うのも、結局は劣等感。

血管に流れてんのは劣等感なんじゃないかって程に、どこまでも劣等感。


そのあまりのどうしようもなさに、

ああこういうのが絶望感なんかな、とか思ったりしたけど、

そんな美化された感じが何か違う気がして、

つまり絶望もできないのかと思い、


それ以来、座右の銘は「どうしようもない」にしている。

投稿者 g9e8mk | 返信 (2) | トラックバック (0)

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Re: 絶望という言葉の、美化された感じが嫌い

そして

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そしてそんな悩みを他人に公開したがる自分の醜さもまた、「どうしようもない」






生きるのには建前が要る。

昨今つくづくそう思えてならない。

投稿者 g9e8mk | 返信 (0)

Re: 絶望という言葉の、美化された感じが嫌い

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気は持ちよう。ものは考えよう。

他人との比較がいかにばからしいかは分かってるはずだし、

他人との比較の中で生きていない人も世の中にはたくさんいるよね。

あなたもそういう生き方を目指してみてはいかが?

投稿者 vfb4ac | 返信 (1)

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